パチスロ中毒状態

現在、50代の男性です。パチンコ・スロットは社会人になってから始めて早や30年以上の月日が経ちました。

最初の頃は、デジパチはまだ出ていないころで羽根物のビッグシューターが大好きでちまちまとやっていました。
しかし、その後デジパチが出現してから、私のパチンコ人生は大きく変貌したのです。数字が揃うかそろわないかとワクワクドキドキしながら気付くと一日ホールに入り浸る事もありました。

仕事が営業職ということもあり、日中の時間は融通が利くため、仕事そっちのけで朝、朝礼が終わりそそくさと外訪準備を終えると、開店直後の数駅離れた繁華街のホールに駆け込んで台を物色して「さあ やるぞ!」の意気込みでスタートです。当時はまだ携帯電話は出ておらず、会社からの連絡もポケベルからですので、どこにいるかは察知されない緩やかな時代です。

午前中に上手く当たりにありつけない場合は、方針変更でスロットに変えます。当時は吉宗や銭型とという爆裂連荘機が出てまして、天井も存在するためにひたすら初あたりを引くのに夢中でした。ビッグ一撃で711枚の獲得で、更に連荘の魅力があり初あたりまで5万6万の投資はざらにありました。当たらなければその金額は露と消えますが、連荘を引いて高設定台に当たれば、半沢直樹ではないですが、倍返しだの状態になります。

夕方、そろそろ会社に戻らなければならないころに当たりが続いていると今日はこのまま閉店まで突入と覚悟を決めて会社に、取引先とそのまま付き合いで飲みに行きますから直帰しますとウソ報告を入れて心置きなく打ち込んでみたりしていました。

今から考えるとトンデモナイ不良社員で発覚した日にはそらもう首でしょうけど、ホールの中を見てみると意外と同じようなサラリーマンが朝からずーとやっているのもよく見ましたし、やはり時代が緩かったせいなのかなとは今思い返してみると思えます。

休みの日にも家族をほったらかしで、近所のホールに入り浸り、仕事中も入り浸りで完全な中毒状態であったと思います。お金が無くなるとカードローンでスロット軍資金を用意して・・・の繰り返しでした。勝ったらきちんと返済できていましたが、家族サービスもせずにふらふらしていたのはさすがに悪かったなあ、と思っています。

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